虚血性心疾患とは
「虚血」とは医学用語で、臓器が正常に機能するための十分な血液がない状態のことを言います。虚血性心疾患とは、心臓で虚血が起きている病気のことです。
心臓はその筋肉「心筋」が一定のリズムで収縮を繰り返すことで全身に血液を送っています。この心筋が正常に働くためには、心臓の表面を流れる冠動脈から十分な酸素と栄養が供給される必要があります。
しかし、動脈硬化が原因で冠動脈が狭くなったり(狭窄)、詰まったり(閉塞)すると心筋が酸欠・栄養不足となって正常な動きができなくなり虚血性心疾患が発症します。
虚血性心疾患の原因
虚血性心疾患の主な原因は「動脈硬化」です。
動脈硬化とは、年齢が進むにつれて動脈の壁が固くなり、血管の壁の中にコレステロールがたまることで血管が狭くなり血流が悪くなる状態をさします。
動脈硬化で冠動脈が細くなると「狭心症」の症状があらわれます。血栓などの理由で冠動脈が完全に詰まると心筋細胞が壊死してしまい「心筋梗塞」が起こります。
動脈硬化の原因は加齢によるもの以外にも、高血圧や脂質異常症、肥満、糖尿病などの生活習慣病や喫煙習慣などがあり、これらによっても動脈硬化は加速して心疾患のリスクが高くなることがわかっています。
虚血性心疾患の症状
虚血性心疾患には「狭心症」と「心筋梗塞」の2種類があります。
1)虚血性心疾患「狭心症」
動脈硬化により心筋に送られる血液が不足して、主に胸部や左腕、左首やあご、背中に一時的な痛みや圧迫感が生じる病気です。狭心症は、発症する原因や時間、状況によって様々なタイプに分類されます。
・労作性狭心症
狭心症の症状で最も多いタイプです。
身体を動かす(労作)すると胸に痛みが起きます。例えば、階段や坂道を上がると胸が締め付けられるような感じがする、重い物を運んだときに胸が苦しくなるが、安静にすると痛みが治まるという場合は、労作性狭心症が疑われます。
・冠攣縮性狭心症(かんれんしゅくせいきょうしんしょう)
安静時に狭心症の症状である「胸の痛み」「胸の苦しさ」が起きます。就寝時の夜、または明け方に発症することが多いとされています。この症状は、冠動脈にけいれんが起きて一時的に血流が減ることが原因で起きます。
・不安定狭心症
胸の痛み、苦しさなどの痛みのほかにも、腕、肩、あご、歯などに痛みの症状があらわれます。痛みは軽度でも、数分から10分程度持続して一時的に消失したのち、繰り返し起きることが多いです。
安静時に発症する場合、痛みの持続時間が長くなっている場合、発症頻度が多くなっている場合は「心筋梗塞」に移行する危険性があります。
・微小血管狭心症
40代後半から50代前半の更年期前後の女性に最も多い狭心症です。直径が100μm以下(髪毛の直径にほぼ同等)の微小な冠動脈の血流不良で虚血がおきて「胸の痛み」「胸の苦しさ」が起きます。労作の有無に関係がなく安静時にも症状はおきます。
当院における虚血性心疾患の検査と診断
当院では問診や心電図検査で虚血性心疾患が疑われた場合、さらに詳しく検査を行います。
・心臓超音波検査(心エコー)
超音波を用いて心臓を輪切りにした状態の映像を見ることができる検査です。心臓の動きを確認できる検査として虚血性心疾患の診断に有効です。
・運動負荷心電図
患者さんに身体を動かしていただき心臓に負担をかけることで虚血状態を誘発させて、その状態の心電図、血圧の変化を計測します。
・ホルター心電図検査
虚血性心疾患の症状がいつ、どういう条件下で発症するかわからない場合があります。そこで患者さんに携帯型の心電図を24時間装着していただき心電図を計測することでどのタイミングで心電図に乱れがあらわれるのか確認して診断します。
・冠動脈CT検査
今までは冠動脈の画像診断は次に述べる心臓カテーテル検査(CAG)しかありませんでした。
理由は、1分間に60〜80回動き続ける心臓の表面にある太さ1〜3mmの細い血管(冠動脈)をCT検査など他の検査機器で撮影しても、心拍動で画像がブレるためです。鮮明な冠動脈の画像を構築することが困難なため、病気があるのかないのか判定できませんでした。最近では心電図と同期させたり、お薬で脈拍数を少なくすることで、CT検査でも鮮明な冠動脈の画像を得ることができるようになりました。CAGのように入院も必要ありませんし、手首の動脈を刺されるような侵襲的な検査でもありません。このように非常に手軽に検査を受けられるので広く利用されていますが、画像診断の精度はCAGには敵いませんし、侵襲が少ないといっても造影剤を使用しますので、腎機能の低下や糖尿病薬などの薬との相性が悪いことなどデメリットもあります。
・心臓カテーテル検査(CAG)
カテーテルという細い管を手首あるいは太ももに付け根の血管から通して冠動脈に届いたら、造影剤を注入してX線による撮影を行い、冠動脈の状態を確認します。必要に応じて冠動脈内に治療用のワイヤーを挿入して、冠動脈内の血圧や血流を調べます。
虚血性心疾患の治療
虚血性心疾患の治療は“薬物治療”、“カテーテル手術”、“冠動脈バイパス術”があります。
長らく“カテーテル手術”が主流でしたが、近年の大規模臨床試験などで“冠動脈バイパス術”の優位性が医学的に証明されてきております。当院ではカテーテル施行医(循環器内科医)と心臓外科医がじっくり検討して患者さまに最適な治療法を提示させていただいております。
1)薬物治療(保存的治療)
虚血性心疾患の治療で重要になるのが再発させないことです。そのためには血管を詰まらせる原因となる血栓を作らせない「抗血栓薬」、血管を狭くさせる原因となるコレステロールを抑制する薬、血管を広げる「血管拡張薬」等を患者さんの症状や状態にあわせて処方します。
2)カテーテル治療(冠動脈インターベンション(PCI))
カテーテルという樹脂でできた細い管を手首あるいは太ももに付け根の血管から挿入し、冠動脈の狭窄や閉塞している患部まで通して、バルーンやステント(金属製のコイル)を用いて血管を拡げることで正常な血流に戻します。
血管を通じた低侵襲手術なので身体への負担が少なく、手首から行った場合は検査・治療後すぐに歩行することができます。血をサラサラにする薬(抗血小板剤)を2剤、長期間(1年間のことが多いです)内服する必要があります。
1回の入院も数日〜1週間と短期間で済むことがメリットですが、胃潰瘍、大腸ポリープの治療前、痔出血などある方は抗血小板剤を内服し続けることは出血のリスクが大きいので不向きですし、造影剤は大量に使用するため、腎機能が低下している方、いわゆる“3枝病変”の方々、糖尿病の方々などはお薬や中長期成績の観点からは不向きです。
一方で急性心筋梗塞など、超緊急治療が必要な方々はPCIが抜群の効果を発揮します。
3)冠動脈バイパス手術(全身麻酔下での外科的治療)
虚血性心疾患の中でも心臓カテーテル検査で“左冠動脈の左前下行枝病変”や、いわゆる“3枝病変”と診断された場合、冠動脈バイパス術が推奨されます。(近年の大規模臨床試験やガイドラインなど医学的見地に基づいています。)
これまでは長らく“多枝病変でも何でもカテーテル治療で”という風潮がありましたが、近年になりまして再び冠動脈バイパス術後の長期予後の良さが見直されてきております。患者様には複数の治療法を提示することができ、患者様の病態や社会的背景などを鑑みて適切な治療法を選択できるようになっております。
冠動脈バイパス術とは文字通り狭窄または閉塞した冠動脈の箇所を迂回する新たな血管(パイパス)を設ける手術です。
バイパスに用いる血管は患者さん自身の胸や胃、上肢の動脈あるいは下肢の静脈を利用します。術後は2週間程度の入院で済みますが、血をサラサラにする薬(抗血小板剤)を1剤から2剤服用(最終的には1剤)することが勧められます。胃潰瘍など出血性病変をお持ちの患者さまは個別に柔軟に判断します。
これまでは“傷が大きくて痛い”、“入院期間が長い”、“合併症が怖い”などネガティブなイメージが付き纏っていましたが、最近では入院期間が2週間を切ることも多くなり、現役世代の方々への負担も軽減して来ております。また手術での傷についても“MICS(低侵襲心臓手術)”などに代表されるように胸骨を切らずに小さな傷でできる心臓手術も増えて来ております。合併症につきましては確かに創感染、出血、脳梗塞などの発生例はあるものの概ね1〜3%程度の低率で済むことが多いです。予防には十分に心がけております。また、手術法も一昔前の“人工心肺を使用しての冠動脈バイパス術”から“人工心肺を使用しない冠動脈バイパス術”へと進化を遂げておりますので、合併症の発生率もさらに低くなっております。当院では患者さまの状態に合わせて最適な手術法を提示させて頂いております。
宇都宮記念病院
心臓外科科長岡元 崇 1997年鹿児島大学医学部卒業。大和成和病院・北海道大野病院・九州厚生年金病院(現在のJCHO九州病院)などの国内ハイボリュームセンターで成人心臓手術および小児心臓手術の研鑽を積んだのち、 年間手術件数2000件を超えるイタリアのサンドナートミラネーゼ病院にてクリニカルフェローとして多数の心臓手術経験を積み、葉山ハートセンター心臓血管外科医長を経て2024年秋より宇都宮記念病院心臓外科科長。